ボート・マッチの歴史

オランダ版ボート・マッチ(ステム・バイザー)は1989年にスタートしました。


最初のオランダ版ボート・マッチへの道のり

ボート・マッチのコンセプトは、しばしば雑誌に掲載されるような心理テスト(例えば、あなたは良い夫あるいは妻であるか、といったような)に着想を得ています。人々の政治的な意見を明らかにするための最初の心理テストは、H.フィリッペンズ氏によって開発されました。
1980年代後半、政治学者でオランダ政党文書センターに勤務するポール・ルカルディー氏が、人々の政治的意見を明らかにするための心理テストの開発を始めました。彼の目的は、(通常の教育課程を終えた)自主教育コースの生徒達がフローニンゲン市長の選挙について学び、投票するのを助けることでした。このテストは、紙上で、左右一次元のみによって構成されていました。そのため、利用者はテスト結果の得点を自分で計算しなければなりませんでした。
後になって、ルカルディー氏はSBK(後のIPP)に全国単位のボート・マッチ作成を提案することになりました。SBKのヨフム・デ・グラーフ氏をプロジェクト・マネージャーに、NDPPとトウェンテ大学の経営学部と協力しながら、1989年下院選挙のボート・マッチが誕生しました。当事、ボート・マッチは本とフロッピーの組み合わせでした。テストは未だ一次元に政党と有権者を配置するものでしたが、得点はコンピューターで計算していました。この最初のボート・マッチは主として教育用に50部が販売されました。
これ以来、ヨフム・デ・グラーフ氏は多くのボート・マッチのプロジェクトを主導してきました。DNPPのポール・ルカルディー氏はボート・マッチで扱う政治争点の分析と選択に中心的な役割を果たしてきました。また、ピーター・シュッズラー氏がボート・マッチで使用される計算方法の責任者です。


最初のオランダ版ボート・マッチから現在まで

1994年、議会選挙用のボート・マッチは進化した形となって発表され、全国紙の紙面やラジオのインタビューでボート・マッチが紹介されるようになりました。ボート・マッチは完全にデジタル化されてディスクに収められ、政治的意見の分布も 多次元で評価されるようになり(例えば、左右、保革、宗教・世俗)、1,000部ほど販売されました。
1998年の議会選挙から、ボート・マッチは新聞やディスク、インターネットといったマルチ・メディアを使用し、この最初のインターネット版ボート・マッチを6,500人がテストしました。
2002年及び2003年選挙のボート・マッチはインターネット上でのみテスト可能となり、200万人以上の利用者がありました。また、ボート・マッチは学校における社会や政治の教育のために広く利用されるようになりました。現在、ボート・マッチはメディアによって大きな注目を浴び、世間の信用も大変に高く、オランダでは一般によく知られた存在となっています。ボート・マッチはドイツやスイスでも始められています。